イエガー・ポワゾン伯爵令息もまた、悩める人間のひとりである。
薄茶の髪と瞳を持つイエガー・ポワゾン伯爵令息は、整った容姿を持つ、どこにでも居そうな貴族令息だ。
男性としては少し小柄なタイプではあったが、剣を持たない貴族としては珍しくもない容姿である。
ポワゾン伯爵家も、貴族の家としては普通であった。
財力も政治への影響力も、どうということのない普通の伯爵家だ。
特徴と言えば広い領地を持つことと、男性と女性という珍しい組み合わせの双子がいることくらいであった。
もちろん、それは表向きのことである。
「お姉さま。今日のご加減は、いかがですか?」
イエガーは姉に声を掛けた。
返事はない。
双子の姉であるレイチェル・ポワゾン伯爵令嬢は、天蓋付きの可愛らしいベッドへ横になって眠っている。
その姿は、双子の弟であるイエガーとよく似ていた。
あえて違いを言うならば、レイチェルは儚げな美人であるということと、目覚めないということがあげられた。
「エリー。お姉さまの様子はどうだった?」
「はい。本日もお変わりなく。穏やかに眠っていらっしゃいます」
忠実なお世話係は頭を下げながら報告した。
「そうか。目覚める様子はない、と?」
「はい。ぐっすりと眠ったままでございます」
「そうか」
イエガーは痛ましいものを見るように双子の姉を見下ろした。
レイチェルが寝たきりの植物状態になってから長い年月が経つ。
その事は秘密とされ、知る者は限定的だ。
「レイチェルさまは、こんなにもお美しいのに。お労しいことですわ」
幼少の頃よりの長い付き合いである世話係のエリーは涙ぐみながら言う。
「社交界にいらしたら、殿方が放ってはおきませんでしょうに」
「そうだね、エリー。お姉さまの魅力に、みな目を見張ることだろうね」
実際そうなることだろう。
レイチェルの状態を知られぬよう、イエガーが女装して社交界にデビューした。
女装したイエガーであるレイチェル・ポワゾン伯爵令嬢の評判は上々だ。
実際に姉が社交界に出たのなら、もっと評判は上がるに違いない。
儚げな美しさを持ちながら、強く優しい女性であるレイチェル。
美しく淑やかな令嬢として、どんな男性でも手に入れることが出来るだろう。
(そうさ。お姉さまには出来たはずだ。幸せな未来を手に入れることが……)
今からだって